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月報はさらに、九月には米経済の評価に「減速の兆し」との表現を加えている。 八月ではなく、九月に議論を持ち越していたとしたら、こうした米経済分析を無視した政策判断はとれなかったのではないか。

猛暑の中で、もう延ばせない、もう待てないという思いが、冷静な分析を先送りさせてしまったとの見方もできる。 N銀法十九条第二項の条項は、政府による議決延期請求権を定めている。
同規定は、ドイツ連邦銀行が旧連銀法で規定した措置をモデルとしたもので、政策決定会合への政府出席者は、次回政策決定会合まで決定を延ばすよう政策委に諮ることができる。 しかし、政府が政策決定の延期を求めることは、政府とCの経済判断、景気認識の違いを浮き彫りにし、経済・金融政策運営への不信感を引き起こしかねない。
ドイツ連銀でも、結局、同条項は〃伝家の宝刀〃で、一度も発動されたことはなかった。 政府・Cの認識の違いが表面化する前に、双方が事前に政策調整を図って克服してきたとされる。
実は、政治は会合の前から展開を見切っていたとも思える。 蔵相の宮沢喜一は、会合に先立って、ゼロ金利解除に懸念を示した上で、「(請求権を行使するかどうかは)展開次第だ」と述べていた。
経済企画庁長官の堺屋太一も時期尚早論だった。 しかし、政策委会合には宮沢は出席せず代理に村田が、企画庁も調整局長の河出英治が出席した。
約二十分後に再開された会合で、村田は議決延期請求の理由を次のように説明した。 @景気が回復基調にあるとはいえ、雇用・所得環境は引き続き厳しいA株式市場など市場も警戒感を緩めていない。
河も、米株価の先行き不安、アジア経済の回復基調にやや一服感が感じられる、などの景気の下方リス断願いたい」両省庁間で協議し、また必要に応じて大蔵大臣および経済企画庁長官と連絡を取るため、会議を一時中断。 Tは政府の請求そのものに疑念を投げかけた。

「N銀法十九条第二項に基づく議決延期の求めは、そもそもどういうケースを想定しているのか確認しておきたい」と問いを発した。 これに対して執行部を代表する形でYが口を開いた。
Yは、N銀法改正時の経緯として、九七年一月の金融制度調査会の答申と、同年五月の当時の武藤敏郎大蔵総務審議官の国会答弁を紹介した。 かっての武藤の国会答弁はこうだった。
「政策委での議案が政府からの出席者の予想範囲の議案であって、事前に政府部内での方針が大体とりまとめられている事柄ならば、その場で説明と判断をすればいいが、新たに提案された議題についての政府見解が必ずしも明らかでない事態も生じ得る。 そういう場合に一定期間の検討が必要になる」。
この趣旨に照らすと、ゼロ金利解除は予想の範囲内で、延期請求に該当しないとも言えた。 門前払いの構え。
これに対して、Nは議決延期請求に応じるべきとの考えを示した。 Nの指摘は@議長案の採決を強行すると、内外から日本の政策当局に対する不信感が決定的になるAN銀の独立性は与えられた独立性であるだけに、政府との見解の相違に対しては十分時間をかけて意見を擦り合わせるべきなどだった。
しかし、解除決定への流れを抑える力はなかった。 待ち望んだゼロ金利解除の採択が確実な状況だけに、他の委員たちはNの主張に首を横に振った。
ここでYが、延期請求に真っ向から反対論を展開した。 「(政府とN銀の違いは)今後の景気回復の持続性に関する判断の若干の差に過ぎない」「N銀が(議決延期を求める)そうした政府の見解も含め十分に議論を行ったうえで自主的に政策を決定することは、新N銀法の枠組みに沿った手続きである」Yはこの後に、勇ましく峻珂を切った。
「そうして選択された政策については、当然、N銀が責任を負うべきものである」N銀の独立性に基づき、政府にも揺るがされない自主判断で政策を変更する。 当然、その政策の結果については、法律の趣旨に沿って、粛々と自ら責任を負う、と国民に約束した形だった。
この約束は山口一人のものではない。 こうした強い決意を共有した委員たちは、議決延期請求の採決を賛成一、反対八の圧倒的多数で否決した。

村田と河出は、振り上げた「伝家の宝刀」が、抜いたものの効き目のない竹光であり、しかもカラ振りに終わったことを思い知らされるのである。 政府がそうした動きに出るなら、政府・N銀の亀裂はN銀がいかに言い訳しようとも、抜き差しならなくなる。
政府がN銀の独立性と真っ向から勝負する強硬姿勢に打って出るようだと、さすがのN銀も事前の調整に動いた可能性もある。 ところが実際は、会合の展開を見切ってのことか、宮沢は夏休みで軽井沢にいたし、首相の森も、神奈川県箱根町の旅館でくつろいでいた。
宮沢はサミットなどへの配慮から、N銀に七月の政策委での決定を強引に見送らせた経緯から、八月の決定はやむなしのスタンスだったとの証言もある。 熱気の中で政府の「待った」を振り切って、とにかく政策委は当初の議長案を採決した。
N案は賛成一反対八で否決、議長案の成立は賛成七反対二。 この時の反対票は、すでにみたようにNとUだった。
Uは、経済は回復し始めたが、物価はいまだに低下していることから、「待つこと」の重要性を指摘した。 H以下の執行部、Sのように一貫した解除論者、「ここまできたらやむを得ない」というM、T、T。
政治、メディアで賛否両論が交錯し、海外からも高い関心が注がれる中で、政府の反対を抑えての政策転換だっただけに、事を為した委員たちは言いようのない高揚感に包まれたようだ。 一つのエピソードを紹介する。
会合の席で、形勢を制したことを読み切った解除賛成派のある委員が、東京にいた堺屋は、N銀政策委会合前日の十日には企画庁の長官室に陣取っていた。 長官室から複数の審議委員に直接電話をかけて、解除反対の説得を繰り返したという。

しかし、手応えはほとんどなく、「このままだと、N以外の八人が解除賛成の可能性もある」との感触を記者に伝えている。 堺屋が政策委に出席せず代理を送ったのは、この時の手応えのなさに絶望したためだったかもしれない。
あるいは堺屋のこの時の行動もアリバイ工作だったのか。 政府の延期請求権否決劇は、N銀に一蹴された形で終わった。
だが、議論はそれだけでは終わらなかった。 米経済の減速からNの低迷が深刻化するにつれ、ゼロ金利解除の失敗は明らかになってしまうからだった。
N銀は結局、次章でみるように翌一○○一年三月に量的緩和策に転換するのだが、八月十一日のゼロ金利解除決定の時に振り上げた政府の権限が、実効あるものだったならば、金融政策の混迷を防げたはずとの議論から、その後にN銀法の改正論議も浮上するのである。 会合は約七時間半を費やし、午後五時十八分に終了した。
同六時四十五分から会見に臨んだHの表情は満足感をたたえていた。 公表文を淡々と読み上げた後、次のように語った。
デフレについて。 「ゼロ金利政策時のような特殊な手当を講じる必要はなくなっている(デフレ脱却「八月十一日」の熱気を伝えるもう一つのエピソードは、政策委会合の途中経過の情報が再三にわたり外部に漏れたことだ。
通信社などが「総裁が議長案を提出」「政府委員が議決延期を請求」と、実況中継のように途中経過を報道した。 しかも、その通りだった。
どこでだれが漏らしたのか。
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